マイコプラズマの想い出

前回マイコプラズマにかかった時、それは、大した長さではない私の人生の中でも「最悪」とも思える時期の終焉にあたる頃だった。


前職において、特に環境的なものが要因で自分の将来というものが見据えられなくなりかけていたのが年末の事だった。年が明けたと思ったら、インフルエンザにかかった。そしてそれが直ったと思ったら、二つ目のインフルエンザにかかった。

そのノリで、ちょっと具合が悪いとか、生理痛が重いとか、まあとにかく何でも良いから理由にして、会社を休みまくった。2月中旬を過ぎてふと振り返ってみると、1ヶ月半を過ぎて、15日程度しか会社に行っていないことに気付いた。なんつーか、これ、ええと.........出社拒否?

たまに会社に行けば、同僚達から大丈夫かとの声掛けのオンパレード。事情を知らない同期にばったり会うや否や、真剣に心配される始末。顔色は常に悪く、顔に出始めたニキビはついに背中にまで回り始めた。いかんなあ、と思いつつもどうにも気力が沸かなかった。何事も全て無気力状態だった。

が、約束はしていたので、気分転換もかねて2月の末に東北へ出かける。蔵王のゲレンデへ友人と行き、そして..............右肘を脱臼したのだった。肘だよ肘。肩じゃないんだよ。医者にまで「普通はネエ、肘が脱臼する前に骨が折れちゃうんだけどネエ.......折れた方が直りも早いんだけどネエ.....」


ああ、どうせ密度と太さが自慢の骨だよ、それが何か(笑)?!


まあ、右肘の脱臼という余りにも衝撃的な事実と、とりあえず右手が使えないから色々不便、という状況が自分を強くせざるをえず、ムリヤリながらも無気力は脱した。そして、肘のギブスが外れ、リハビリに入ったころに、今度はまた謎の風邪にかかった。

当初のあまりの高熱と、のどをふさぐような腫れ具合に慌てて病院に行った。その当時住んでいた所から一番近い病院。


徳州会病院


まず、入ってびっくりしたのが謎の掛け軸。

小医は病を治す
中医は人を治す
大医は国を治す

いや、もう、国なんて直さんでエエからこの風邪をどうにかしてくれよ。と思いつつ受付に向かう。と、横をちらりと見ると
「漫画版 院長徳田寅雄の自叙伝好評発売中!」
とのPOPが付いた漫画単行本が並んでいる。何だこれと思ってよく見ると「立志青雲編」「医療一揆編」と各巻についた副題がこれまた熱い。


..........だ、大丈夫なのかこの病院、ヘンな宗教とか入れられないか?と、腰が引けはじめた私を、そうは責められないんじゃないかと思う。(因みに徳田寅雄さんという人は政党自由連合の党首である)

とはいえ、いまから別の病院に行く気力も無いので、受付票を出し、待合室に案内される。と、待合室を見ると妙にきれいにしている女性がちらほらいる。私はこの症状でよろよろで、髪はぼさぼさ寸前、勿論ノーメーク(そしてとても顔色が悪い)、Gパンに適当なセーターを引っかぶって着ているのみ。

うーん、最近は例えどんなに体調が悪くても、女性たる物身だしなみを忘れずに病院に来なくてはならないのか.......つらい時代になったもんだ、と考える。でも、どうやっても自分にそれは無理だなと、順番を待ちながら待合室をきょろきょろ眺めた。

病院の待合室と言うのは結構面白い。最新の医療事情とか、民間療法とか、自分でできる病気予防とか、色んな情報が所狭しと壁に貼られているものだ。それを、順番に眺めているうちに変なことに気付いた。
「ここ.....もしかして、内科の他に整形外科と待合室が一緒?」
なぜなら、現場で腕を切ったという作業員風のお兄さんが、血をだらだら流しながら急患扱いで診察室に運ばれていったのだ。

さらに、ポスターを見ていくうちに確信をもつ。
「毎週水曜日は美容整形のカウンセリングも行います」
とのメッセージ。そして畳み掛けるように
「ピーリング施術をご希望の方は事前にご予約ください」


あ。
あの、きれいにしている人たちは、もしやピーリング待ち?


なあんだ、よかった、風邪の時はノーメイクでいいんじゃん(そういう結論なのか)。


そして、さらに数分待って自分の順番がきて診察室にはいる。普通の風邪ですね、と言われて薬を貰って帰った。しかし、薬を飲んでも飲んでも一向に直らない。熱こそ微熱レベルに下がったが、のどは治らず、ついには血痰を吐き始めた。これは何かおかしい、と今度は会社の近くの病院に行く。医者は私の話を聞いているうちに、首をかしげ、看護婦に「レントゲンお願い」と頼んだ。レントゲン????何で?そして、レントゲンの写真を見ながら医者は言った。


マイコプラズマ肺炎ですね」


なにそれ。


「お子さんや、まあ、たまに体力の落ちている方がかかるんですけれども、マイコプラズマという物が引き起こす肺炎で、適正な抗生物質を投与すればすぐ直るんですけどね。普通の市販薬だと、まあ効かないでしょうから長引いちゃいますね〜」

違うって。市販薬じゃないって。処方されたんだって。つか、誤診じゃん。


......トラオ殺す。 ←逆恨み。誤診したのは別の医者だって



かくして、今度こそちゃんとした薬を貰った私は、ようやくマイコプラズマを駆逐する事が出来た。そしてその後、つき物が落ちたように復活し、仕事をしつつ転職活動を行い、そして会社を移ってしまった。あれからもう3年がたち、社歴も前職よりも今の会社の方が長くなっている。

今となってはもう全て笑い事でしかないのだが、あの時それなりに苦しかったのは確かで、しかしその苦しさが自分に何らかの良い影響を与えているのもまた確かなのである。そんな事を思いつつ、治癒スピードの速さから言って、今時分のかかっているのはやはり風邪だと安心しながら一日中寝ていた。