バスルームのウロコ

お湯に浸かって、ふと横を向いたら、何か光る物が目の端に引っかかった。 鱗だった。 透き通った鱗が、クリーム色のユニットバスの端にくっついていた。


バスルームに、鱗。 はて、うちは人魚など飼っていたんだっけか、と思いつつ、その鱗をお湯に浮かべた。 その日はえらくボーっとしていて、そのまま延々とお湯に浸かっていた。


ふと、意識が戻って、さっきの鱗をさがすと、もう、なかった。


────溶けたの、かな。.......ほんと、人魚みたいだ。


泡となって消えるがごとく、鱗は忽然と消えていた。 そして、そんなことがあったことは、そのまま忘れた。




ある日、珍しく山手線で座ることが出来て、そのまま正面を向いたら 向き合った形になった人の目が、異様だった。 しばらくして、色がそもそもおかしいことに思い当たり、カラーコンタクトであることに気付いた。


カラーコンタクトにはいつまで経っても慣れない。 接客業をしていたときも、客がカラーコンタクトをしていると、接客中であることも忘れ その目だけが違う物質で出来ていそうな質感を、凝視してしまうのだった。


カラーコンタクトをしている人は、人間ではないように見える。 この世の物ではない人。 妖怪とか、ドラキュラとか、人魚とか、..........


「......あ。」


と、突然思い出した。 この間の、バスルームの鱗は、使い捨てのコンタクトレンズではないだろうか。 きっと、うちの先日の宿泊者が残していったものだ。


なんだ。
お湯の中で消えたのも、水分を含んで透明になってしまったからだろう。


正に、目から鱗が落ちた気分だった。


鱗に見えたのはコンタクトレンズの干からびた物だったのだ。 ああ、でも、そしたら、コンタクトレンズを使う人は、毎日眼に鱗を張って、 毎日眼から鱗をはがして。


毎日のように眼から鱗を落とす彼等達は、コンタクトのいらない私とは違う、 何かまた別の世界を日々体験しているのだろうか。


それは、ちょっとくやしいかもしれない、と思った。