気づいてしまう人

私は後悔した。


そもそも、世の中には言われて気付く人と、自ら気付いてしまう人とがいて、 私はどちらかといえば後者の方である。 しかも、その気付く分野がくだらないもの分野に限られている。
はっきり言って、これは全く役に立たない。


しかも実は苦しい。


随分前に目黒と恵比寿の間にある塀に「ユースケサンタマリア18位!!」という 落書きを見つけてしまったときは、毎日山手線の中で腹筋が苦しかった。 この微妙なセンス、笑わずにはいられない。 しかも、まわりにこの面白さを共有してくれる人はいない。
なんで、みんな気付かないんだ、あの落書き。


先日も、車に乗っていたら「海苔、10枚から売ります」 という看板を見つけてしまった。


海苔、10枚。


何なんだ。


そもそも、10枚と一口に言うが、1枚はどれぐらいの大きさなのだ。 タタミ1畳ぐらいあるのか、おかずのりぐらいなのか。 タタミ1畳だとしたら、そんなもの10枚も家に来てしまったら、やることと言えば 積まれた海苔を前に、途方に暮れることぐらいしか思いつかない。 おかずのりぐらいなら、逆にそんな10枚から売ってしまってよいのだろうか。 採算はとれるのか。


いや、人の心配をしてもしょうがないが、一瞬目に入ってしまった看板のために 私はこうやって悶々と考え込んでしまうのだ。


苦しい。
苦しいことこの上ない。


そうやって、その苦しみを知っている私は極力普通に過ごしているのだが それでもやっぱり変なモノは目に飛び込んでくる。


そしてまたも、私は後悔した。
何で見つけちゃったんだろう。


それは、満員の田園都市線の中にあった。 白髪混じりのスーツ姿の、まあ恐らく会社帰りのサラリーマンだろう。 彼の耳が、私の丁度視線の高さにあった。


そして私は見つけてしまった。


白髪の耳毛。


しかも、枝毛。


耳の中に、短い白髪がちょろっと生えていて、しかも枝毛。


これはやばい。
そうとうやばい。


この発見してしまった苦しさ。
どうすればいいのかわからない。


そもそも、耳毛が白髪になって枝毛になってしまう彼の生活ってどんななんだ。 すごいストレスなのか、ストレスなら何のストレスだろう。 使えない部下へのストレスか、わかってくれない上司へのストレスか、 リストラへのストレスか、セクハラ野郎呼ばわりされるストレスか、 それとも家でのストレスか、妻か、子供か、近所つきあいか。 ああ、それとも単にずぼらだから白髪の枝毛の耳毛が出来ちゃっただけで すごいノンストレスな生活を送っているのかもしれない。


それとも何だ、もしかしたら重要な意味が隠されているのかもしれない。 わかる人にはわかる重要な暗号で、枝毛の別れた方向と長さで、 何か緊急の信号を発信しているのかもしれない。 そしてきっとこの車両の中には、素早くそれを察知して、 行動に移そうと準備している者がいるのだ。 で、それを知らない私を横目で見ながら、「ふっ、バカめ.......」とか 口の端で笑われているのかもしれないのだ。


なんなんだ。
ああ、彼はいったい何なんだ。


そうやって私は後悔する。