ラムネその後

先日、ラムネの安全性について乱暴な質問投げをしていた*1ら、結構皆さん説明のメールを下さったのだった(いやあぁ、ありがたいことでございます、感謝感謝)。世の中って賢い人が本当に、フツーに溢れているんだなと思ってしまった。



化学、って言うのは結構「実験結果がこうだったから」後から理屈をくっつけていく、ということが多い学問のような気がしている。つまり「なんか感覚的には違う結果が出そうな気もするんだけど、現実的には実験したらこうなっちゃったからしょうがないじゃないか。」っていう事が非常に多いのである。

物質と物質の反応ごとに、細かく理由が発生しているような状態で、つまりは「本当に詳細な理由」というのは専門家でないと説明できなかったりする訳だ。そして、そうなればなるほど、理解する側も専門性が必要となってくる。だから、私は大学受験のときに、結構色んな所に引っかかって「これはなんで、あれはなんで」と先生に聞きまくっていたら「実験でそうなったから、もうどうしようもないと思って受験では流しなさい」と、ついには言われてしまったのだった(笑)。


という訳で、実は今回も大学受験レベル的なことは、自力で解明させていたのだが「でも、この細かいところが納得いかないんだよ!」状態だった。しかし、こちとらそういう質問を投げておきながら専門性が欠如している(笑)。果たして、私にわかるように説明してくれる親切な人がいるのか.............と思っていたらいたのだった。


世の中って素晴らしい。
ネットって素晴らしい。


というわけで、段階を追って説明する事にする。(ちなみに化学が苦手な人は読むのやめたほうがいいと思........)

【第一章】そもそもラムネが危険じゃないかと思い始めたわけ
まず、ラムネの主要原料であるクエン酸重曹の化学組成を確認
重曹(炭酸水素ナトリウム):NaHCO3
クエン酸:C6H8O7 展開すると以下の通り
CH2COOH
|
HOCCOOH
|
CH2COOH
ちなみにクエン酸は1水和物が安定な状態なので、正確にはC6H8O7・H2O。

補足だが
重曹は炭酸(H2CO3:弱酸)と水酸化ナトリウム(NaOH:強塩基≒強アルカリ)の塩。
クエン酸は-COOHがついているからカルボン酸
と言う事も述べておく。


さて、なんでラムネが危険じゃないかと私は思ったのか?


重曹はNaHCO3である。ここから化学記号レベルだけで言えば、二酸化炭素、CO2を抜くとNaOH、つまりは人体には劇薬の水酸化ナトリウムの誕生なのである。中学高校の時、酸性の劇薬と言えば硫酸、塩酸、アルカリ性(塩基)の劇薬と言えば水酸化ナトリウムだった、という記憶は、化学が苦手で有っても何となく、皆さんお持ちではないだろうか。



ここで、ラムネの作り方である。小さい頃ラムネを飲んだ時に、このビー玉は一体全体どうやってはめたんだろうと思ったことは無いだろうか?多くの人は、まあ考えるのを放棄しているが、たまに
1)口の広いラムネ瓶がある
2)その中にラムネを入れる
3)ビー玉を用意する
4)バーナーか何かで炙ってガラスの口にビーだまを詰めて、瓶を閉じる
或いは、それに近い何かだと思っている人がいる(ちなみにこういう人ほど、瓶からビー玉を取り出そうとした経験をしている事が何故か多い)。


そうではないのである。ラムネの瓶と言うのはあらかじめ、ビー玉が入っている状態で作られている。そして、ビー玉が瓶の中に落ちている状態で、
1)クエン酸とその他材料を溶かした水溶液を瓶の中に注ぎこむ。
2)重曹を水溶液の中に入れる
3)すばやく瓶の口を手で押さえながら、瓶を逆さにする
4)瓶の中では重曹クエン酸の反応により二酸化炭素が発生
5)瓶の中の気圧が増し、ビー玉ががぼっと押し下げられ、瓶の口に嵌って閉じる
6)完全に嵌ったのを確認して、瓶を逆さの状態から元に戻す
と言う、作り方なのである。

ちなみに、発生した二酸化炭素が溶けて炭酸水である事はあえて説明する事も無いだろう。


さて(4)で「二酸化炭素が発生」と書いた。そして「重曹はNaHCO3である。ここから二酸化炭素、CO2を抜くとNaOH、つまりは人体には劇薬の水酸化ナトリウムの誕生なのである。」と前述した。


そう、つまり。クエン酸重曹を混ぜた時に、二酸化炭素が発生すると言う事は、水酸化ナトリウムが出来ちゃってるんじゃないか、って、それって危険じゃん!と、思ったわけである。しかし、現実問題として、ああやって飲用出来ていると言うことは安全だからと言う事に他ない訳で。


じゃあ、まあとりあえず、クエン酸重曹の反応を考えてみようと言う事になる。



【第二章】わたしの記憶レベルで判明する化学反応解説
まずは化学反応式だ。
クエン酸重曹を混ぜて、二酸化炭素が出て、しかも安全である場合、という条件を満たすのは以下の式になるだろう。

CH2COOH
|
HOCCOOH・H2O + 3NaHCO3
|
CH2COOH

  ↓

CH2COONa
|
HOCCOONa + 3CO2 + 4H2O
|
CH2COONa


こうなっていれば、まあ安全っぽいわけである。
と、ここまでは私レベルでどうにかなる。


でもこれで良いのか?


と、ここで親切な専門家殿の登場である。


【第三章】専門家サマサマのレベルでの解説
そもそも、化学反応が自発的に進行する、ということは、その方向が熱力学的に安定であるというのが大前提だ。


だから、今回のラムネの場合は「無理に急激に熱する」「意味も無く電解してみる」と言う状況は、家庭レベルではありえない。ラムネが通常に置かれる「冷蔵庫の温度レベル〜真夏のアスファルトに放置レベル」において、熱力学的に安定である事が証明できれば良いと言うわけだ。そうなれば私は安心して、今後何の憂いも無くラムネを飲めるわけである。

但し、化学と言うのは前述したが「実験結果がこうだったから、こうなんだよボケ!」と言う現象が度々発生し、必ずしも熱力学的に全部証明できるわけではない所が怖い所。でも、どうやら専門家様によると、今回のラムネの例は熱力学系の話だけでいけるらしいぞ、やった!


さて、熱力学的な反応を定量的に表すためには、ギブズの自由エネルギーΔGって言うのを使って考えると良いそうだ。ΔGがマイナスであれば、あるほど安定。式はΔG=ΔH−TΔS(ΔHはエンタルピー変化、ΔSはエントロピー変化、Tは絶対温度

余談だが、水素と酸素から水ができる反応は、ΔG≒−237 kJ/mol(25℃条件下)。1ジュール≒0.2389カロリーだから、水1molあたり約566キロカロリーのエネルギーが必要となる。水1molって18gだから、水素と酸素から水1L作るには、約31455キロカロリー。腹筋で100kcal消費するには10分やりつづけることが必要だそうだから、314分、つまり5時間ちょっと腹筋しつづける運動量が、酸素と水から水が1リットルできるエネルギーというわけだ。



自分で書いててなんだが、大変なのかそうでないのかよくわからない(笑)




まあいいや。


話は戻って、さきほどのクエン酸と炭酸水素ナトリウムの反応を一般化してみることにする。

□COOH + NaHCO3 → □COONa + CO2 + H2O

となるわけだが、こう書くといかにも、□COONaのような化合物が溶液中に存在しているように思いがちだが、このような
塩は普通解離している。そして、水溶液中の全てのクエン酸重曹が反応しきって二酸化炭素を放出していることは無いから、水溶液中の炭酸水素ナトリウムも解離しながら存在している。つまり、水溶液中は

□COONa → Na+ + □COO-
NaHCO3 → Na+ + HCO3-

というものが、ふよふよ浮いている状態というわけだ。Na+イオン自体は、水分子に溶媒和されている状態だから、□COONaであれ、NaHCO3であれ、ナトリウムイオンの状況は反応の前後でそれほど変わらないと言える。


じゃあ反応前と反応後、違ってくるのはどこかと言えばと、マイナスイオン□COO-とHCO3-の状況。


さてここで、反応で精製される二酸化炭素と水を分けて書くと紛らわしいので、H2CO3、要は、炭酸が出来た、ということに書き換えておく。炭酸もカルボン酸(□COOH)も共に、水溶液中では酸として働くわけだが、ここで「マイナスイオンを出しやすい」ものほど、Na+イオンと結びつきやすい、つまり塩になりやすい。


つまり、ラムネの場合「クエン酸の方が炭酸よりもマイナスイオンを出しやすい」という事が言えれば前述の反応式が正しいと言う事が言えるというわけだ。



ここで登場するのが、平衡定数。そういえばやったね、高校生の時!忘れてたねまったく。って、それはルシャトリエの法則とかいうどちらかと言えばエネルギー系の話で、ここに出てくるのは酸解離平衡定数。


ある酸☆というものがあったとして、これが下のように平衡状態にあるとする。
☆= H+ + A-
この酸解離平衡定数Kaを Ka = [H+][A-]/☆と定義。Kaが大きいほど[H+]を出す、つまりマイナスイオンを出しやすい、ということになる。Ka >> 1のとき、式を変形すると、[H+][A-] >> ☆ になる。マイナスイオンを出しやすい、ということはつまり、酸として強いと言う事だ。

よって、硫酸や塩酸などはKaが非常に大きいし、リン酸などの中程度の酸はそこそこの値、炭酸などの弱酸はKaが小さくなるというわけだ。さてここで、カルボン酸と炭酸を比べると、カルボン酸の酸の強さは、炭酸よりも強い。つまり、クエン酸の方が、炭酸より強いってことで、Kaがクエン酸のほうが大きい。ということで、A-をより出しやすいということになり.............。


前述の反応式は、正しかった、というわけだ。



さて、式の正しさは証明された。じゃあ、水酸化ナトリウム、NaOHが出てこないから安全と言い切れる理由はなんだろうかと考える。

水溶液中の電離ぐらいはこんな感じだ。(矢印の方向に電離具合が寄っていると読み取る)
NaHCO3→Na+ + HCO3-)
□COOH←→□COO- + H+
H2CO3 ←→H+ + HCO3-
HCO3- ←→H+ + CO3-
□COONa→□COO- + Na+
H2O ←→ H+ + OH-
つまり、+イオンではNa+とH+、−イオンではOH-とHCO3(-)、CO3(2-)、□COOがこの水溶液中でふよふよ浮いていると言うわけだ。


そもそも重曹、つまり炭酸水素ナトリウム自体が強塩基と弱酸の反応で出来た塩なわけで、つまり、水にとかしてもどう頑張っても弱塩基でしかない。そこに、クエン酸を入れたところで、カルボン酸と炭酸イオンが入れ替わるだけで、塩基側には何の変化もおきない。

つまりまた強塩基の状態に戻そうと思ったら、電解して水からOH-イオンを作り出してしまうか、新たな別の塩基を投入して炭酸イオンと入れ替わらせなくては出来ないということだ。




あー。
すっきりだよ、すっきり!
全く持って時間がかかってしまった。




尚、以上の文章に関しては、道路工事中のSKMT氏、KIMONO真楽TKさん、過燐酸のお連れ様、に大変お世話になったのでございました。どうもありがとうございましたっ。
ア、追加ですが、トラックバックしてくださったid:inovelさんもどうもありがとうございましたっ!