友達に戻るって何だ

とあるカフェ(と、言ってはみるがドトールコーヒーである)で、事件は勃発する。


専門学校生であろうとおぼしきカップルが隣に1組。 初めはごくごく普通に授業の話やら何やらしていたのだが、 そのうちに友達の話に話題は移り、その中のある固有名詞に女の子が過剰反応し (ちなみに言う迄も無いが女の名前である。はてさて。)事態は急転する。


一気に深刻になる雰囲気。
浮気を疑う少女。
沈黙し続ける少年。


そして、笑い事じゃ無いが私はトイレに行きたかったのだ。 しかしその状況は、テーブルをがたがたと寄せながら通路を作って トイレへと脱出するなんて、到底許されないように見えた。


やや途方に暮れ感を、いろんな意味で醸し出すしか無いと悟りきったころ、 少年は重い口を開く。
「.........俺さ、.........ごめん。」
少女の目はもう、涙で溢れんばかりである。
「単に一緒にメシ食いに行ったとかじゃなくて、エッちゃんのことマジ好きなんだわ」


これは、もう、トイレに行きたいとかそういう以前に、逃げ出したい。 どうすればいいんだ、って言うかむしろもう私を消してくれ、と思っていた矢先に、 少女が下を向いて呟いた。


「じゃあ、もう、私の事嫌い?」
「嫌いじゃねーよ。でも、お前より好きな人がいるんだ。」
「............嫌いじゃ無いんなら、友達には、戻れるよね.....?」


そして、数分後カップルは友達に戻る事を約束し、少年の方は去っていった。 残された少女の方は暫くすると、携帯を手に取り、どこかへ掛け始めた。 繋がった先は女友達のようで、事の顛末をぽつりぽつりとしゃべっている。そんな様子を見ながら、ようやっとトイレに行く事が許された私は、席を立ち、 そして戻ってきたタイミングで、電話口に向かって少女が言ったのだ。



「うちらさ、最初っからつきあっちゃったから友達だった事無いんだよね。 友達って、どうすればいいの?」



真理だ。
究極だ。


友達だった事が無い関係において、「戻る」なんてありえない。


少なくとも私の個人的意見としてだが、価値観を共有しあうのが恋人ならば、 価値観を尊重しあうのが友達だと思っている。 そして、友達から恋人になったのならば、その両方が可能だろうが .................初めから恋人だったら?


「共有できない」と壊れたものの下に、「尊重しあう」という地盤が出てくる関係と 「共有できない」と壊れたものの下には、何も無かった関係と。


私は至極納得した。
過去に1回だけ、「友達に戻ろう」と言われて首を縦に振れなかったのは、 自分の目の前で関係が壊れていく様を呆然と眺めながら、 壊れた先には何も見えなかったからなのだ。


友達に戻る事を提案されてひどくきっぱり断った私を、相手が最低な冷たい女を見るような目をしていたことを思い出した。その時は、向こうから別れようと言ったくせに「でも友達ではいたいんだ」という言葉の身勝手さに腹が立っただけなのだと自分では思っていた。でも、そうではなかったのだろう。友達であったことが無いから、戻るも何も無かったのだ。そう思ったら、過去の呪縛から解き放たれたかのように体が軽くなった。



そして、人間関係の問題は、当事者であればあるほど見えず、少なくとも勘の悪い私がそれを解消するには経験を積むしかないという事実が、いいのか悪いのか何ともいえない気分にさせられたのだった。まあ、時間はまだある、ということにしておこうか(笑)?