ナンバ考-2

(前回はこちら)


まずナンバ歩きを語る前に、今現在「普通である歩き方」について考えてみよう。

足を前に出し、かかとから地面につく。
かかとを付いてから、足の先に向かって体重移動を行い、最終的に足の親指で地面を蹴り出す。
それを、左右の足交互に行う。

手は足とは逆方向に引き、それにより肩と腰がウエストを中心に前後にねじれる。
その腰と肩のねじれを元に戻す力がまた、前に進む力の原動力の1つとなっている。


これを一番極端にやった形が「競歩」だと思うが、その歩き方を客観的に眺めると
1)かかとからつま先への前移動により、上下動が発生
2)手と足のふりにより、腰と肩のねじれ関係にある前後動が発生
という事になる。

つまり、足を蹴り出す力と、肩と腰のひねりを原動力にして、前進しているのが現代の歩き方である。非常にパワフルな動きであるといえるだろう。



では今度はナンバ歩きだ。


まず、リラックスして真っ直ぐ立ってほしい。このとき、どちらかの足に重心をかけてはいけない。足と足の間に重心が有るように立つ。その状態で真っ直ぐ前に向かって体を倒してみる。


限界まできた時に、倒れまいとして左右どちらかの足が咄嗟に出たと思う。その時の足を見て欲しい。かかとではなく、つま先の方が地面に先についているのではないだろうか?その状態で、さらに体を前に倒してみると、反対側の足が出るだろう。そして、その時もやはりかかとではなくつま先の方が先につくだろう。


極端に言うと、ナンバ歩きというのはこれの繰り返しである。つまり、何らかの力を原動力にして前に進むのではなく、物理的な要因にしたがって重心を移動させて行く歩き方なのである。この進み方を客観的に眺めると
1)腰も頭も常に地面からの高さは一定である
2)肩は、腰の動きに準じてついてくる。勢いがあれば同じ方向に、無ければ腰だけが前に出る
という事になる。

まあ、体の重心をぎゅんぎゅん前に倒しながら進むと言うのは極端なので、もうちょっと普通の歩き方に戻すとしたら、わずかに前傾気味で、重心はつま先の方に預ける形ですり足で進んで行く、その時、腰と頭の高さは一定を保ったまま水平に移動する、ということになる。

こうかかれてイメージするのがおそらく「能」であろう。能面をつけた人物が、上下のブレ無しにスーっと前に進んでくる。つまり、ナンバ歩きというものを使って進むと、能のような動きになるのである。


ここまで読んできて「ええと、手は?手はどこに行っちゃったの?」と思われている方もいるだろうが、懸命な方は既にお分かりかもしれない。



ナンバ歩きで手の動きは重要でない



のである。

現代の普通の歩き方においては前進するためには「肩と腰のねじれと戻りのパワー」が必要とされていて、「肩の前後動を生み出す」為に、手の振りは必要とされていた。

しかし、ナンバ歩きにおいては「重心の移動」こそが重要で、「前に進む為に体全体の重心を移動」させたときに、体の安定を保つ為に「足が出る」のであり、時には条件によって「手が出ることがあるかもしれない」レベルなのである。

先ほど直立して前傾すると片足が出るだろう、と書いたが、それを今度は壁から1M弱離れたところでやってみて欲しい。そのまま前傾すると、片足が出ると共に手が出ると思うが、おそらく「思わず足と同じ側の手」あるいは「両手」が出てしまうと思う。ナンバ歩きに置いて必要とされる手の動き、と言うのはその程度である。


そして、それを見事に体現しているのが前回登場のスケートである。



スケートとは、言うまでも無く氷の上を滑って進むものである。滑りやすい氷の上にいる、ということ自体がそもそも不安定であるし、滑って移動するという行為そのものも非常に不安定である。つまり、氷の上では「安定した状態を保つ」ということが非常に重視される。

では、氷の上において現代の歩き方をつかって進んでみる事を考えてみる。まず足を前に出し、かかとを地面につける。そのかかとに重心をかけ、そこを支点にしてつま先に向かって力をかけ..............ようとしたら、支点になっているかかとが氷の上でズルっ滑って「転ぶ」、のが必至である。

では、ナンバ歩きで進んでみる事を考えてみる。前傾気味でつま先から氷の上に足を踏み出.......すと、つま先を中心に氷の上をツーと滑って行く。前傾しすぎて倒れそうになったら逆の足を出し、またその足でツーと滑る。これは正にスケートではないか。


ここで、フィギュアスケートやスピードスケートを思い浮かべて欲しい。手は、どうなっていたか。カーブを曲がる時こそ多少振られたりするものの、大抵の場合は後ろ手に組まれていたり、大きくてを広げっぱなしであったり、要は「ごくたまにバランスをとるときのみに使われる」程度である。

そして、以前どこかの県の知事がスピードスケートを「ミズスマシ」と表現してえらく不興を買っていたが、アレは言いえて妙というもので、氷上の上で体がブレずに進んで行く状態を上手く表現している。そして、その動きを氷の上ではなく、土の上に体現したのがナンバ歩きである。マンガで描かれる、武士や忍者が「シュタタタタタタタ......」と平行移動する様子は、デフォルメでもなんでもなく、正にその通りでしかないのである。



こうして見て来ると、ナンバ歩きと現代の歩き方の差、というのは足と手の振り方の違いではなく、「前進」という動作の考え方の違いであることがわかってくる。手と足の力を使って体を前に進めようとする現代の歩き方と、放っておけば前倒しになる体のバランスをとるために手と足を使うナンバ歩き。その違いを、手と足の動きの結果だけを取り出して比較するから混乱し、ナンバ歩きへの誤解を生むのである。


では、誤解が解けた所で今度は「では現代日本においてナンバ歩きは修得可能か」という事が問題になる。結論から言うと「可能である」。(続く)