ナンバ考-3

以前のものはこちら→[1][2]


ナンバ歩きを習得する──大層にな事に思えてくる。しかも、過去に一回「手足を一緒に動かす実験をして失敗に終わった」経験があるだけに、超える壁は高そうだ........そんな恐れすら出てくる。でも実は、現代日本人は歩き方こそナンバからは離れてしまったが、未だに色んな所に「ナンバ」の動きは残っているのである。


料理をされる方は想像して欲しい。
目の前にはまな板があり、切り身(マグロでもタイでもイカでも何でもいい)が乗っている。片手には刺身包丁。刺身を切るべく包丁を持ってまな板の上の切り身に向かい.................そこでストップ。

右利きの人は
「まな板に対してやや右足を下げる形」
で、斜めに構えてはいないだろうか?そして、その形で刺身包丁を「引く」ようにして刺身を切り分けていくはずである。

つまり
刺身を固定する為に支える左手が体に対して一番遠くにあり
その次に左足が続き
引いた右足があり
右足の後ろに右手の肘があり、右手が前後に動く形で刺身を切る
状態にあるのである。
(左利きの場合は当然全部逆になる。)

見事にナンバの形である。



料理しないからわかんないよ、と言う方で木工をされる方は想像して欲しい。
目の前には丸太がある。道具はノコギリだ。そのノコギリは、日本式の「引く時に切れる」様に刃が引いてあるノコギリである。丸太を2つに分けるべく、片足で丸太を抑え、ノコギリを両手で持ち..................そこでストップ。

右利きの人は
ノコギリは刃に近い方に左手、続くように右手、そして丸太を支える片足は左足
という形になっているはずだ。

これもナンバの形である。

ちなみに余談だが、「押す時に切れる」西洋式のノコギリを使う時は、力の効率を試行錯誤しているうちに自然と逆になってくるはずだ。道具によって、構えも違うのである。



料理も木工もしないんだ、と言う方にはスポーツで。

テニスをやっているあなたに向かって、ボールが飛んできた。丁度いい、フォアハンドで打ち返せる位置だ。さあ、打ち返すべく体を引いて..............はい、ストップ。

右利きの人は
バランスをとるべく左手が前、そして左足も前、その後ろに重心のかかった右足があり、ボールを打ち返すべくラケットを持った右手は後方に引いている。

そして、飛んできたボールを見事打ち返した!..........ハイ、もう一回ストップ。

今度は踏み込んだ右足とラケットを振りぬいた右手が前にあり、左手左足は後ろである。


同じようにして、野球のピッチングは?バッティングは?ゴルフは?......全てナンバの形になっている。


刺身は切り口の美しさが重要だ。ただ切れればいいというものではない。
日本のノコギリは力で切るモノではない。刃筋が綺麗だった時にすっと切れてくる。
テニスはコートのどこにボールを打ち込むかというコントロールが重要だ。
野球のピッチングもバッティングもどこにボールをもって行くかというコントロールが重要だ。
ゴルフもまた、飛ばし先のコントロールが重要である。


これらを実現する為には、安定した重心とぶれない軸が必要とされており、裏を返せば、身体の重心が安定し、軸がぶれないという事が重視される状況において、ナンバの形と言うのはしっかりと残っているのである。そして、そういう場面では何も意識せずに体はその形をとっているのである。

つまり、ナンバは、過去の日本人が持ちえていた失われた体の使い方ではないのである。人間の本能的に、重心と軸の安定を求めた時に自然に体から生まれる形なのである。逆にいえば、パワーのみを必要とするシチュエーションでは、西洋式の肩腰をひねった形が良いのである。


さて、これらの事を踏まえた上で、ナンバ歩きを習得する方法を考えてみよう。


では体の軸を意識して..............と言いたいところだが、それでは古武道だか踊りだなんかしらんが、型の修練の様である。ここではそんな大層な演説をぶつ気はサラサラ無いので、「現実的に出来ることからやっていって、その結果重心が安定して軸がぶれてないかも〜♪ア、そういえば着物もはだけない!」という方を目指す(笑)。



1)足
 かかとを付いてはいけない。
 常に、土踏まずから先に重心がかかり、どちらかといえばすり足に近い動きになる。

2)姿勢
 ちょっと前傾気味。
 ただし、背筋は伸ばし、猫背にはならない。
 体全体が微妙に前に傾いている状態である。

3)手
 しつこいようだが、手は関係ない。
 ただし、普通の歩き方が身に付いた現代日本人は、ついつい足と逆に手を振ってしまう。
 そうすると腰と肩がねじれて本末転倒なので
 「手は固定する」
 のが一番である。
 腰に当てるのもよし、ももに手を置くのもよし、腕を組むのもよし、「振らない」工夫をする。
 ちなみに慣れてくれば、どこかに固定せずにぶらぶらさせていても平気である。
 しかし面白いのが、スピードスケートのように「左右に振る」という形に気付くとなっている所だ。


これで、ナンバ歩きになるのである。

あとはまあ、着物の場合は肌蹴ないための工夫として「平均台の上を歩くように足を繰り出す」という事も役に立つ。内股とは違う。内側から膝を擦るようにして足を進めるのである。そうすれば、かなり裾が安定してくるはずである。



さて、ここで1つ問題がある。履物である。実は上記の1,2,3、裸足や下駄や雪駄など、地面に対して足が平行になるものであれば簡単なのに、草履や右近下駄など、前傾になっている履物だと難しいのである。(続く)