ナンバ考-4

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昔の日本人は、確かにナンバ歩きで前進していた。故に、その歩き方に合った形で履物が生まれてきた。それに代表されるのが二枚歯下駄である(わらじ、雪駄などもあるし、下駄の形も二枚歯以外にいろいろあるが、それを語りだすと話がぶれるのでここでは二枚歯下駄に絞って話を進める事にする。)


さて、浴衣を着るときに二枚歯下駄を履いたことがある人は結構いると思うが、その時に
・鼻緒がきつくて親指と人差し指の奥まで入らない
・かかとがはみ出る
・上手くカランコロンと鳴らない
という事を感じた人はかなりの数に登ると思う。

そして、歩きにくい、足が疲れた、鼻緒ズレが起きたなどで、かなり二枚歯下駄に対して嫌なイメージを持っている人が相当いると思う。同じ二股に分かれた履物でも、ビーチサンダルなら支障なく歩けるのに、何で下駄になると....と思ったのではないだろうか。


これは、全て歩き方の差からきた「支障」なのである。昔に出来た二枚歯の下駄は、その当時の歩き方、つまりはナンバ歩きに良いように開発、改良を重ねられてきた履物である。故に、ナンバ歩き用に出来ているので有って、現代風の歩き方にはそぐわない履物なのである。


まず、鼻緒の話。

現代の西洋風歩き方だと、最後に足先で蹴り出すのであるから、履物がしっかり足についている必要がある。そうでなければ脱げてしまうのである。だからその感覚で、親指と人指し指の間の奥までしっかり鼻緒を押し込めたくなる。

ところが、これまで話してきたとおりナンバ歩きは、極端に言えばつま先立ちですり足で歩いている状態なので、指と指の間の奥まで鼻緒が来ている状態は「突っ込みすぎ」なのである。鼻緒は、指の先に引っかかっている程度でなければ、むしろ痛い。故に、ナンバ歩きにおいてそういう事態を生み出さないために下駄の鼻緒は「足が突っ込み過ぎないようにきつめに」すげられているのである。


次に、かかとがはみ出る話。

これはもう、書くまでも無いだろうが「ナンバ」に「かかと」は関係ない。機能的にかかと部分を支えるものは全く必要なく、その状態で見た目の美しさを追求していった時に「かかとがちょっとはみ出るぐらいが粋」とされたので、かかとがはみ出るようになっている、その程度であろう(ここらへんになるとあくまで予想でしかないが)。


最後に下駄が上手く鳴らない話。

トライアングルという楽器があるが、アレは三角形に曲げられた鉄棒が細いテグスのようなものでつられていて、それを棒でたたくといい音がするというものである。あれを、テグスでつるのではなく、太い帯のようなものでつったり、或いはしっかりと手で持ってしまったら鈍い音がするか、或いは対して音がならないかどっちかになる。

下駄も同じである。自由に動くモノがポーンとたたかれるからこそいい音が鳴る。

鼻緒を指と指の間の奥まで突っ込んで、尚且つかかとから歩くような歩き方をすると「下駄を地面に押し付けて」歩いているようなものだから、鳴る訳が無いのである。トライアングルをぎゅっと握って鳴らしているようなものだ。

つまり、足の先に鼻緒を引っ掛けたような形で、ほとんどかかとは重視されずカパカパ言わせながら歩いている状態、それこそが下駄が上手く鳴る条件なのである。


要は、現代風の歩き方と二枚歯の下駄と言うのは、非常に相性が悪いものなのである。



とはいえ下駄は履きたい(例えは花火大会の浴衣のときとか、ビーチサンダルというわけにも行くまい)となったときに、登場するのが右近型の下駄である(下駄の種類確認はこちらでどうぞ)。

見るとわかるが、台が描くのラインは靴と一緒である。かかとがしっかり有って前に向かって斜めになっているだけではなく、モノによってはつま先部分はまた上に向かって反る形で、地面を蹴りだしやすくなっていたりもする。まさに、現代の歩き方に添った形に作られているのである。ここで疑問なのが、右近型や舟形もなぜか「かかとが多少出る」ようなサイズで作られている所だが、これはまさに「下駄はちょっとかかとが出ているほうが粋」という思い込みゆえにそうなっているだけなのであろう。

機能から考えると、かかとまで収まっている形が理想であると思う。サンダルと同じと思えばよい。



この「現代風の歩き方」に似合う履物、右近型の下駄、或いは舟形の下駄や女性用の草履(台が斜めになっている)がいつから登場したのか。調べてみると、昭和の初期頃に、「シュース履」「クイン」「ハイヒール」「流線型」等といった名前で登場していたらしい。名前は、靴に対する当時の憧れが象徴的に表現されているが、逆にいえばその頃はもうほとんど西洋風の歩き方になっており、それまでの履物では逆に不便だったのだろうと想像される。

これ以降、現代風の歩き方に丁度良い履物が次々に登場してきたのであり、右近型の下駄などは、正にその一例であると思われる(ちなみに余談だが、なんで右近という名前がついているのか謎は、今のところ個人的に解明されていない)。

そしてここで疑問なのが「じゃあ、今の女性用草履が登場する前は、正式な場所では女性は何を履いていたんだ」という事だ。こちらに関しては
「そもそも履物を履いたまま登場するという正式な場所が無かった」
という文化的背景が影響している。

つまり、西洋文化がどんどん日本に入ってきて、「履物を履いたままの公式の場」というモノが登場し、それに履物を対応させなくてはならなくなった頃は既に、日本人の歩き方は西洋風になっていた、という事の様である。そして、その当時人間工学的見地があれば、おそらくかかとまである履物を作ったのであろうが、そこらへんはこれまでの慣わしてきなもので、かかとの長さは足りない履物が登場し、さらには鼻緒はきつめだった、という中途半端なモノが出来上がってしまい、特に誰も指摘しないので今まできてしまったというのが真実のようだ。

実際、最近「歩きやすさ」を追及して開発されている新しい下駄は、鼻緒はサンダルの様に緩いし、かかとまで入るような形になっているので比べてみると良いかもしれない。



さて。


これまでの話、着物を着ない人にはただの知識でしかない。しかし、着物を着る人にとっては結構重要な問題であるはずだ。


着物にそぐう動きであるナンバを選ぶと、履物は慣れない二枚歯下駄になる(雪駄でも良いけど)。


履物を、履きやすさから草履や右近下駄を選ぶと、ナンバの動きはやりずらい。


正式な場・格の高い所へ出るには、草履とされているが、前傾なのでナンバの動きでは前のめりになりすぎて安定しない。


と言って、現代風の歩き方だと機敏な動きはムリである。




さあ、どうする(笑)。




まあ、私個人としては
1)普段に着物を着るときはナンバで二枚歯下駄で行く
2)格式高い場所に行くときは草履で、現代風の歩き方で、尚且つ着崩れないように大人しくする(笑)
という形をとっているのだがどうだろう?

(ナンバ考終わり)