最大瞬間風速という基準

私は中学受験を経験しており、まあ、受験の過程で様々な問題を解き、正解したり間違ったりを繰り返していたのだが、その中で未だに自分が覚えている「間違い」というものがある。はっきり言って、中学受験当時の事など覚えていないに等しいのだが、とある問題だけは強烈に覚えているのである。


確か、小学校5年生だったと思う。その問題は、気象の問題だった。文章題で、その町の様子が地図付で克明に描かれている。確か「春分の日」とかいう設定で、太陽が地図上のどこからその日昇ってきたかから始まり、どこかの家の旗がどっち方向にはためいていて、空は雲の割合がこれぐらいで、日差しの具合はどうだの、何メートルはなれたところでなったクラクションが何秒後に聞こえただの、条件提示がされていた。

そして、その文章を読んだ上で、その日の天気を示す天気記号を選べとか、風向を答えろだの、気温を答えろだのと、設問が並べられていた。比較的簡単な問題で、ぽんぽんと答えていっていたのだが、途中「風速を選べ」という問題で躓いた。選択肢は「(A)0.5M (B)5M (C)50M」となっていた。

天気は、雲の割合から言って晴れ*1と答えた。風向は、春分だという事は真東から太陽が昇っているはずだから、そこから考えて割り出せる。気温は、15度のときに音速340M、1度上がるごとに0.6M早くなることを踏まえて、クラクションの音から割り出せばよい。


しかし、風速。


そういえば、確か今週の範囲の参考書に風速による状況変化の一覧表が載っていたなあ、と思い出したが、同時に自分がそれを全く覚えていない事も思い出した。ちなみに正解はもちろん(B)の5Mで、「風速5M=風力3 木の葉がたえず動く。軽い旗がはためく」と定義されている事を覚えていれば、簡単に答えられた事だった。

しかし、私は覚えていなかったので、困ってしまった。旗がはためいているって書いてあるぐらいだから(A)はないだろうなあ、との予測がついたが、(B)か(C)かは小学校5年当時の私は全く予測がつけられなかった。結局あてずっぽうで、「うーん..........(C)!」と答案用紙に書き込んで、まあ、間違ったわけである。


家に帰って答え合わせをしていると、その問題さえ正解していれば理科は満点だった事が判明した。非常に悔しい思いで、母親にこの問題を間違った旨を愚痴っていたら、母はわたしの間違いをあきれたように切って捨てたのだった。



「台風のときに、最大瞬間風速30Mだとかニュースで大騒ぎしてるのに、50Mのわけが無いじゃない。考えればすぐわかる事でしょ。いつもボーっとしてるから聞いてないんでしょう。」



衝撃だった。

それを言われるまで、私は別に台風の凄い風が何メートルなのか注意して聞いたことは無かったし、ついでに言うならばニュースをちゃんと聞くことが受験に実は役立つんだという事を考えもしなかった。

つまりそれまでの私は、何故か日常生活というものと、受験勉強というものが全く結び付いておらず、別々の異次元のものであるが故に、一生懸命勉強しなくてはいけないと思いこんでいた。しかしそうではなく、受験勉強の内容も、日常生活におけるちょっとしたことへの観察力の強化によって、格段に判断力が増し、応用力もついて行くのだということを急速に理解した。

また同時に、算数、理科、国語、社会、と別々に思えるような教科でも、ばらばらのように見えて密接に関係があり、どれかひとつだけ得意になるということは難しいのだとも気付き始めた。社会や国語で世の中の一般的事物や考え方、物の見方を学んでいき、それをベースに理科や算数を考えれば、少なくとも、大きな間違いは避けられる。

計算ミスによる間違いはどうしようもないが、自分が立てた方針にのっとって導き出した答えが、常識的にありえる値なのかそうではないのか、というものを判断するヒントが、社会や国語に隠されているという事に気付いたのである。



それ以来、勉強がどうこうと言うのは関係なく、色々なものを注意してみるようになり、結果「テスト勉強」というものが必要なくなった今でも、様々なものを見極めるのに、観察結果が役立つようになった。

と、まあえらそうに書いているが、こんな事誰もが当たり前にやっている事なのだと思う(笑)。しかし、その当たり前の事を私は、小学校5年になって母親に突っ込まれるまで気付かないという、相当ぼんやりした子供であり、それゆえに妙に印象的な出来事として克明に覚えているのだった。



そんな事を、台風が来る度思い出す。

広島は今回最大瞬間風速60Mを超えて、厳島神社が破壊されたらしい。ああ、小学校5年生の私よ、近所の旗がはためく程度で風速50Mはないよ、全く、本当に(笑)。

*1:気象上の晴れとは、雨が降らず、空に占める雲の面積が2割以上、8割以下の状態